Kure-Kanbutsu Co.,Ltd.

>
しゃコラ2019

しゃコラ2019

  • 2019/05/22 思い描く展開は望めない

     

     

    祝賀ムード一色の中、ついに令和の時代がやってきた。ニッポンの経済力が相対的に低下し、“失われた30年”と揶揄された平成の時代にけりをつけ、新たな未来に胸躍らせている人も多いだろう。


    平成から令和へ改元となって3週間。我々を待っていた令和は、いったいどんな時代になるのか。何がはやるのか。これから発売される商品やサービスに対して、有識者の声から見えてきたのは、平成の常識が通じない、全く新しい世界。


    でも平成という時代の間にも、数多くのヒット商品が生まれたのもまた事実。


    カセットテープ、ブラウン管テレビ、電話ボックス・・・。平成元年といえば、まだまだこれらが現役だった時代。それからわずか30年の間に、インターネットが勃興し、それが携帯電話と結びつき、スマートフォンへと昇華した。ハイブリットが街にあふれ、ひいきのJリーグチームを応援し、誰もがファストファッションをまとう。これらもすべて昭和にはなかった光景だ。こんな平成の30年間をだれが予想できただろう。


    これから令和のニッポンがどうあるべきか、そのためには平成がどんな時代だったのかを振り返りながら考える必要があるのかもしれない。思うに平成とは“さまざまな社会問題に直面し、何をするにも海外から遅れ、安易に海外の真似をした為、中途半端に終わった時代”だったのではないか。昭和で果たせなかったことを、結局平成でもできなかった…。例えば令和の時代になっても私たちニッポン人は“戦後”という言葉を使い続けることになるのだろうか。


    令和がどんな時代になるのか。やはり今、予想するには無理がある。はっきりと言えることは、私たちが思い描くような展開は望めないということ。


    これから先は急速なデジタル革命によって運転技術や病理診断など人工知能(AI)が人間より優れている部分がどんどん広がる社会が待っている。すばらしい社会と思える半面、人間としての存在意義が問われる社会とも言える。強烈な技術進歩と人間らしさとの共生が新しい時代の歩き方になるだろう。


    たまには立ち止まりながら、平成とは違って令和では物質よりも精神的な充足を見つけていく時代になってほしいと願う。


     

     

     

  • 2019/04/19 こんにちは令和、さようなら平成

     

    新年度がスタートした4月1日、ニッポン人の多くが注目していた新元号が発表された。

     

    その瞬間をテレビの前で、スマホの画面越しに、街頭の大型ビジョンを見上げて、多くの国民が固唾をのんで見守っていた。


    「こんにちは令和、さようなら平成!」


    予定より若干遅れて会見場に現れた菅官房長官から発表された新元号は「令和」。日本最古といわれる歌集「万葉集」にしたためられた和歌に由来するその元号には「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という想いが込められているという。


    新元号の印象はともかく、あと10日ほどで「令和」という新しい時代を迎える。残り半月を切った「平成」、迎える新しい時代「令和」、いまだかつてない“高揚感”に包まれたニッポン列島。今回の改元は、天皇陛下が存命の中での譲位ということで、昭和から平成に変わった時の自粛ムードとは、明らかに違う。改元特需が一部にみられるように、陰りが出始めた国内景気にプラスの作用が生まれることも期待されている。


    発表直後、街頭の大型ビジョンの前には人だかりができ、なんと号外欲しさに人々はパニック状態。インターネットのオークションサイトでは、たちまちその号外に高額の取引が集中。ニュース番組では「令和」のネーミングとかぶる人々が次々とインタビーでその喜びを表し、関連商品が続々と販売され、“新元号フィーバー”にニッポン中が沸いている。


    いづれにしても、グローバル化に伴い、さまざまな面で「ニッポンらしさ」が消え続けるなか、現代に残るニッポン独自の文化を大切にするのは実に素晴らしいことだと思う。


    「支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝する」

     

    2018年12月20日、天皇として臨む最後の誕生日前会見で、これまでの日々を振り返られた天皇陛下。新たな時代の幕開けまで半月をきった今、ニッポン人として改めて、皇位継承の儀式や行事への理解を深め、歴史的瞬間を目に焼き付ける準備をしておきたい。
     

     

     

     

  • 2019/03/11 かなわない現実

     

    福島の原発事故から今日で8年を迎える。被災地ではいまだに町のかたちや暮らしの展望が見通せない中、私たちニッポン人はどんなメンタリティーにあるのだろう。昨年、西日本豪雨災害を身近で体験した私には、福島の現実が他人事には思えなくなった。
     
    どうやら東日本大震災で、私たちニッポン人はすぐには片付かないものを背負い込んでしまったようだ。
     
    それは広い地域の片付かないゴミ問題に加え、水(海)に流せない汚染水を大量に抱え込んでしまったこと。汚れたのは水だけではなく、土地や空気もそうで、これがなかなか「澄んで」いかないのだ。水に流さず、なんとかそこに置いとく事を見て見ぬふりできる寛容性が必要であり、ある程度太っ腹な、ずぶとい神経を持たなければいけない。対応が追いついていない現実を突きつけられた格好だ。
     
    私たちニッポン人は、年末になるといつも年忘れ、忘年会、大掃除だといって、すべて片付けて清めて新たな気持ちで新年を迎えていた。でもそれも、もはや簡単なことではなくなってしまった…。
     
    また、ニッポン人は物事に対してこれまで「本音」と「建前」を使い分けてきたけど、この心性も変わるかもしれない。「大丈夫、大丈夫」だと言われてきた原発が結局のところ大丈夫ではなかったという「どんでん返し」。「話が違う!」と被災地のやり場のない怒りは切実だ。この衝撃はハンパではなく、我々の生活の根底をも揺るがしかねない問題だと思う。それだけあの日に起きたことが現実離れしているという証だ。
     
    正直なところ、私は東日本大震災以降、昔ほど小説を読まなくなった・・・。いや読めなくなってしまった、といったほうが正しいかもしれない。
    人の持つフィクションの想像力が、どうしても現実にかなわないことを思い知らされたからだ。あの現実を知った今、あれほどの巨大な惨禍を、人が小説として描くことができるとは到底思えない。
     
    「かなわない現実」があることを認めざるを得ない恐怖。被災地ではだれもこんな日常を望んでなんかいない。でも今年もまたあの日を迎え、明日こそは良い日になれと遠い広島から祈る。

     

  • 2019/01/11 とっておきのシンガポール

     

    年末年始、久しぶりに訪れたシンガポールは、まるでテーマパークのように変貌を遂げていた。観光に力を入れているだけあって、ほぼ毎年新しいアトラクションが誕生している。自然と一体化したアトラクションの数々は、きっと訪れた者に忘れられないひと時を演出してくれるはずだ。


    シンガポールは我が家のように赤ちゃんと一緒に行くには最適だと思う。広島から直行便があり、フライト中はバシネットで寝かせ、時差も僅か1時間、どこへ行ってもエレベーターや授乳室にも困らない。物価も安く、町もきれいで観光客にも優しい。

    でも以前訪れた時と比べて、ニッポン人観光客が少ないように感じた…。

     
    「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」   MBSの「インフィニティ・プール」

     

    多国籍企業の参入により、東南アジア諸国の中でも格段の経済発展を遂げたシンガポール。
    いまだに経済は右肩上がりのようだ。ゴージャスな雰囲気を醸し出すホテルや、美食家たちを唸らせる世界有数のレストランまで、ぜいたくな休日を演出してくれる場所が集結している。


    中国系、インド系、マレー系など様々なルーツをもつ多民族国家。そのため食文化も多様で、国際色豊かな料理が揃っていて飽きさせない。中国料理ひとつをとっても北から南まで網羅している。世界の美食をいつでも楽しめるのもこの国の魅力だ。


    シンガポールに来たら絶対食べたいチキンライス!そのチキンライスの有名店「チャーターボックス」は、宿泊ホテルから徒歩圏内。またローカルフードの屋台がひとつ屋根の下に集まったホーカーズは、さまざまな料理を手軽にリーズナブルに楽しめる。観光客にとっても利用価値大のグルメスポット。味自慢の実力店も多いので、欲張ってあれこれ試してみた。


    シンガポールの名物料理のひとつ、カニをチリソースで炒めたチリクラブ。人気店の「ジャンボ・シーフード」を予約。ここは素手で大胆に食べ尽くそう。チリソースといっても一辺倒な味ではないのが、この国の食の奥深さを象徴している。
     

     
    チャターボックスの「チキンライス」   ジャンボ・シーフードの「チリクラブ」 

     

    伝統的な歴史を感じる優美な建物やカラフルなショップハウスが並ぶシンガポール東部のカトン地区では、名物ローカルフードのラクサを。クーン・セン・ロード界隈が散策の中心。色鮮やかなプラナカン食器や美しいビーズ刺繍のお土産を探した後は、MRTで1887年創業の名門ラッフルズ・ホテルへ。ただ、残念なことに今回は改修中でした…。


    世界中の食通が一目置く有名シェフが多いのも、東南アジアの玄関口として人々が行き交うシンガポールならでは。クラーク・キーを流れ、マリーナ・ベイに注ぐ川沿いは、ライトアップされた景色を楽しみながら食事ができる絶好のスポット。テラス席から見るベイエリアの夜景は、滞在を締めくくるのにふさわしい余韻をもたらしてくれる。


    本場の味を楽しみたいという熱い思いが旅を推し進める原動力となるのは、昔も今も同じだと思い至る旅となった。日々新しい味を追求する現地の人々のように、また新たな味覚の旅に出てみたくなった。

     

       

    「クーン・セン・ロード」

      ベイエリアの夜景