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しゃコラ2020

しゃコラ2020

  • 2020/07/27 アップデートするのは今だ!

     

    世界はいまだコロナ禍の真っただ中にいて、我々の企業活動は大きな曲がり角に来ている。非日常の緊急事態はとりあえず終わったが、以前と全く同じ状態には戻らない。それどころか、急速に変化し続けた社会によって、我々は急速な変化を求められている。コロナに怯える世界では、これまでの常識に基づいた旧来のビジネスモデルは通用しない。危機的な状況下、構造的な変化によって、多くのニッポン企業は岐路に立たされている。


    コロナ禍の影響を受けて、社員を一元的に管理するニッポン的な社会に風穴があき、多様な働き方が必修となった。だが、そんな状況の中でも、ニッポン企業は以前にも増して「連帯感」や「決まり事」を重要視する傾向にある。しかし、「これまでと一緒」ではダメで、個々のポテンシャルを生かす方向に、思い切ってかじを切るべきではないだろうか。


    また、現場ではテレワーク,リモートワークが日常生活のベースになるだろう。今後、技術的な面でも、さらに利便性が高まるのは間違いない。だが、こうした取り組みだけで高い価値を生み出し続けられるのか、疑問に思う経営者は少なくないだろう。人の考えを変えたり、深い話をしたりするには、言葉だけではなく、共に同じ時間を過ごすことが重要で、オンラインで代替できるものではない。人間は社会性の動物だ。そのことにみんな鈍感になっている。人と人の〝距離感〟が変化し、人が集い、語り合うことが困難な今だからこそ、無性にそう思う…。


    今は誰もが、瞬間的にネットで盛り上がることしか考えてない。社会を変えるにはすごく地味な営みが必要だということを忘れている。経営者は今、短期的な正しさ、道徳的な正しさにがんじがらめで、歴史の蓄積を現在の観点から丸ごと〝間違い〟だと切り捨てないといけなくなっている。そうでない語り方、経営者としての在り方を作れないか、私はずっと模索している。


    〝新しい日常〟なるものがまわりから強制され、物理的な距離を意識したまま、世界は変わりながら動いていく。国を超えて権利や自由の放棄に至りがちな今こそ、我々はこの変化を自らの背骨として、社会の変え方の変え方、動かし方の動かし方を考えなくてはならない。


    世界の常識をアップデートするのは今なのだ。
     

     

  • 2020/06/22 何だチミはってかぁ?そうですぅ!私が変なおじさんです

     

    巷では「おばさん」になりたくないという女性は多いし、最近では男性も「おじさん」になることを嫌うようになってきている。


    しかし、おばさん・おじさんを嫌う世の中は生きにくいものだと、おじさんである私は思うのだ。そもそもこうやって自分のことをおじさんと言うだけで「そんなことないですよ」と慰められたり、「おじさんって言うと本当にそうなっちゃうわよ」と叱られたりすることも…。本当に面倒くさい世の中になってしまったものだ。


    私はそんなふうにおとしめられている「おじさん」こそ、今の子供たちに文化や知識を伝えることが出来る貴重な存在だと信じている。


    私が小学生のころ、とびきり好きだった大人は、手品と冗談の上手な近所のおじさんだった。結婚もしてないし仕事もできなさそうだったけど、おじさんは近所の子供たちに人気だった。そばにいるだけでとても楽しかったし、「こんな大人になってもいいんだな」とどこかで安心していたのだとも思う。子供にとって、こういう大人の存在は重要なのだ。


    実際、私が小学生の時にボーリング場で補導されて、おまわりさんにつかまった時、助けてくれたのもそんなおじさんだった。今では考えられないような話だけど、そんな変なおじさんは確かにいた。


    ちょっと強引だが、変なおじさんといえば志村けんさん。亡くなられて改めてその偉大さに敬服している。
    コロナ禍もいったん落ち着き、緊急事態宣言も解除されたが、残念ながら志村けんさんは帰ってこない。追悼番組や再放送を観るにつけ、いまだに亡くなった実感がわかないままでいる。今観てもその普遍的な存在の「尊さ」に正直なところ圧倒されてしまった。


    「大人からは評判がわるいけど、子供には家では許されない自由を与える存在」として、子供たちに多くの影響を与えてきたことがよくわかる。ちょっとだけ、周囲の子供たちに悪いことを教えたり、反面教師になったり、時には子供たちの逃げ場になれるような存在。


    志村けんさんが演じる人物にはどこか哀愁がある。そして、なによりリアリティーがある。そのリアリティーがどこから来るかといえば、それはその演じるキャラクターそのものを、人生を、愛しているからなのだろう。バカバカしさの中にも、その人の人生までもが見えてくる哀愁のおじさんだ。


    だが、残念ながらあんなドタバタコントはコロナ後には成立しないのかもしれない。


    でも、こんな世の中だからこそ「変なおじさん」のような存在が必要なんだと、おじさんの私は思うのだ…。


     

     

     

     

     

  • 2020/05/11 母が生きた意味

     

    昨晩まで元気だった母が突然脳梗塞で倒れる。実家へ立ち寄った姉が発見し、救急車を呼び集中治療室へ。姉から連絡をもらった私は、急いで妻と病院へ駆けつけた。
    それから3週間経ったある日、母は私と姉に見守られ静かに旅だった…。


    〝 肉親を見送る 〟


    ちゃんと考えもしなかったことが突然目の前の光景として突きつけられた。
    最愛の人を亡くした時、人は何を思い、その後をどう生きていけばいいのか。私たちは常にそのことを問われ続けている気がする。
    あの日から3年が経ち、私自身やっと客観的に当時を振り返ることが出来るようになった。


    誰だって、遅かれ早かれ家族との死別を経験する。別れは例外なく人の心に深い感情をかきたてる。しかし、人それぞれ、家族との関わり方が千差万別であるように、その想いも人それぞれ。


    遺品を片付けながら母の歩んできた人生を後追いする。その人生をたどることで、それまでの幸せだった様々な日常の出来事が、母の遺品や忘れ難い記憶とともによみがえる。それはあたかも、人の死をいずれ避けがたい普遍的なものとして、母の死を受け入れようと自らに言い聞かせた私自身の心の軌跡とも読み取れる。


    身近な日常には記録にも記憶にも残らない死が数知れずある。が、それぞれの死の背後にはその死と同じだけの物語があるはずだ。母の遺品を整理するにつけ、語られることのない、母の物語に思いをめぐらさずにはいられない。


    残念ながら、母の日でもあった昨日、予定していた法要をコロナウイルスの件もあり、家族で相談して取りやめとした。


    改めて思うに、母は息を引き取る間際、最期にいったい何を思ったのか…。
    端的に言えば、「幸せな人生だった」と、思ってくれたのだろうか…。
    そのことが私の脳裏から今も離れない。


    私はこれから、自分が幸せに生きることで母が生きた意味を見いだそうと思う。
    そうすることで見えてくるものがきっとあるはずだ。


     

     母の描いた絵手紙

     

     

     

  • 2020/04/25 食いしん坊万歳

     

    グルメとか、美食家とか、食いしん坊を表す言葉はたくさんあるけど、私の場合、そんなお上品なものではなく、「ただ食い意地が張っている」。だから、お出かけでの楽しみの第一が『食』であることはいうまでもない。どこへ行っても好き嫌いなく何でもおいしく食べられるし、むしろ「何でも食べてみたい」と言ったほうがぴったりかもしれない。


    お出かけして出会う食に対するあくなき好奇心。そこから止めどなく広がっていく想像がこれまた楽しい。画一的だけど便利なファストフードと、時間はかかるけど豊かなスローフード。その間にいる現代人が、しばし立ち止まって食の意味を考えるのに格好のヒントが満載なのだ。


    「数字で表すことが出来ない微妙な感覚質」、食においては「あの時食べたあの料理の、何とも言えない味や香りや食感」を意味すると思えばいい。そんな食との出会いが私は大好きだ。

    ひょっとしたら、ダイエットなんて人生の最高の楽しみを潰しているだけかもしれません(ちょっと言いすぎか…)。おいしいものは、思う存分食べてお腹を満たすためにあるんです(かなり強引)。


    だが、ここのところのコロナ騒動による外出自粛で、お出かけもままならなくなった。さてさて、どう乗り切ればよいのか…。


    私たちはコロナウイルスに対して、人と人の接触を減らすことを選択した。巷では、営業自粛や休業、時差出勤やテレワークが増え、街から人影が消えた。もう何が何だかよくわからない。変わって活況を呈しているのはフードデリバリー業界。飲食店から客足が遠のいたことで、デリバリーへと軸足が移ったのだ。


    以前から情報感度の高い外食産業の経営者は、デリバリーへと需要が流れる可能性を念頭に、「待っているだけでは、何も始まらない」と経営方針を模索していた。本来なら、5~10年かけて増加していくはずが、コロナで一気に加速。今後はデリバリー中心の飲食店が増えるかもしれない。


    自粛によって、食と自らのかかわりを正面から見つめ、食べることは生きることで、生きることは食べることという、生き物にとってごく当たり前の摂理を実感。しかし、先が見えない自粛生活だからといって暗く過ごさなければいけないわけではない。時間がもったいないし、何より、食欲は変わらない(やっぱりここ)。


    これから起こる時代の変化を予測し、それに備え、柔軟に対応できれば『コロナ後の世界』でも柔軟に生きていけるはずだ。
    そして、どんなにささやかな食でも、かけがえのない幸せと喜びを与えてくれることに、私たちは今こそ感謝しなければならない。

     

     

     

     

  • 2020/03/28 ノムさんのボヤキが聞きたい

     

    2020年2月11日、日本球界を代表する知将、野村克也さんが、この世を去った。その本葬儀をプロ野球の開幕前に執り行う予定が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、さらに延期されることが昨日決まったようだ。


    「ノムさん」と親しまれ、27年間、第一線で戦い続け、戦後初の3冠王にもなった強打の名捕手。ID野球と呼ばれた「考える野球」で、弱小球団を栄光へ導いた名監督。


    ノムさんが亡くなった翌日のスポーツ新聞は全紙が1面で急死を報じ、同時にその偉業を讃えていた。米国紙「ニューヨーク・タイムズ」も異例の追悼特集を掲載。「戦後の日本球界の大黒柱」と賞賛していた。クイックモーション、投手の分業制の確立、ギャンブルスタートなど、日本球界にさまざまなものをもたらし、明らかに近代野球の生みの親といえる。


    また、野村再生工場を経て、くすぶっていた才能を再び開花させた選手は枚挙にいとまがない。ID野球を学び、野球というスポーツの本質や奥深さを理解した愛弟子たちは、今や球界全体に拡散し監督として指揮を執っている。選手として、監督として、評論家として、さまざまな側面から日本球界を大きく発展させた大功労者だ。


    現役時代から巨人の長嶋茂雄、王貞治と自らを比較して「俺は人の見ていない所にひっそりと咲く月見草」と、自らを月見草に例えたのは有名な話。引退後は、講演や解説で「ボヤキ」と呼ばれた辛口の批評や数々の名言を織り交ぜて野球論を語ってくれた。


    オリンピックも延期になり、今まさにニッポン列島が、コロナウイルスに振り回されている中、ついにプロ野球選手にも感染者が出てしまった。感染拡大に歯止めがかからず、開幕日すら決まらない今の状況を鑑みて、ノムさんなら何とボヤくだろう。


    だが、愛のあるボヤキを、私たちはもう聞くことはできない。残された愛弟子たちは、ノムさん亡き後の新たな道を進んでいく。ノムさんの教えをそれぞれのやり方で進化させていく使命を持ちながら。野球を愛し抜いた名将に改めて感謝。そして、心からの哀悼の意を表したい。


    唯一無二の野球人だったノムさんも夫人が亡くなった当時「これからどう生きていけばいいのか。男の弱さを感じています。」と悲しみを口にしていた…。あれから約2年。久しぶりの再会を果たしたふたりは天国でも仲睦まじい夫婦となっていることだろう。


    天国でまたサッチーとお幸せに。

     

     

     

     

  • 2020/02/18 本当のところは誰もわからない

     

    春節のお祝いムードをぶち壊してくれた「新型コロナウイルス」。ニッポン人にも感染者が現れ、今や目に見えない恐怖が国全体を包み込む。観光地では中国人の姿が消え、ドラッグストアではマスクが売り切れた。新しい感染症を巡り国連の機関は緊急事態を宣言。国民を守るはずの政治や行政は、ちゃんと機能しているのだろうか。現時点で収束時期が見込めないだけに心配が尽きない。


    武漢(中国)からのチャーター機で帰国した人々を待っていたのは、「隔離」という思いもよらない扱いだった。感染者を含む邦人の帰国劇は、実にひどいもので、現場はいまだに混乱している。また、クルージングを楽しむはずの豪華客船が、一転して悪夢のような「隔離船」となり、世界中へ報道されている。感染者が増えるたびに速報が流れるのは、もはや日常茶飯事。


    だが、本当のところは誰もわからない…。


    ニッポンのメディアは、また一つ、中国が抱えている問題を指摘しようと駆け回っているようにも見える。中国のミスや欠点を「チャイナリスク」と大げさに報道すれば、テレビは視聴率を新聞や雑誌は売り上げを伸ばすチャンスにでもなるのだろうか。すべてのメディアは「我々こそが真実を報道している」と主張しているが、果たしてすべてが本当に真実なのだろうか。私は新聞ひとつとっても、一紙だけ読んだからといって、真実は何もわからないと思っている。私がなるべく多くの新聞に目を通すようにしているのは、そのためだ。


    また、ニッポン国内の報道だけを見ていては、世界で何が起こっているのかわからない。中国やロシアのメディアにも関心を払い、新興国のメディアにも目を通しているうちに、何となく本質が見えてくることもある。そういう意味では、世界をミスリードするのはメディアの仕事だとすらいえる。


    時として、大衆はニュースに過剰反応してしまうもの。パニックに陥ると、買う必要のないものを慌てて買ったり、デマや嫌がらせといったものまで横行する。目に見えないウイルスも恐ろしいが、人を差別する心の闇こそ恐ろしい。今回の新型ウイルスは、咳や発熱だけでなく「風評被害」という病状も、もたらしているのだ。


    しかし、今回の特徴はウイルスの側にあるというよりむしろ、私たちが暮らす社会構造の変化にあるのではないだろうか。人やモノが地球規模で簡単に移動するグローバル化が急激に進む中国で起きたことが、爆発的な感染拡大への懸念を生み出したのだ。現代社会の発展そのものが、かつてない新興感染症の広がりを起こす下地にもなっている。


    今の時代、病原となるウイルスや菌はあっという間に遠くまで拡散する。世界の果てで発生した病気が、明日には私たちの近所まで迫っているかもしれない。それだけ私たちは危険な状況に置かれている。そんなリスクを私たちは背負いきれるのだろうか。
                

    こんな状況の中、ニッポンはあと5ヶ月で東京オリンピックを迎える…。


     

     

     

     

  • 2020/01/21 子供と行く海外旅行~マレーシア編~

     

    子育てに追われる日々、ふとした瞬間に「あぁ~、海外旅行に行きたいなぁ~」なんて思うことがある。でも旅先での風景に妄想を膨らませていると、「そう言えば、うちの子、飛行機でおとなしく過ごせるかな?」と不安がよぎる。もうちょっと大きくなるまで海外旅行はお預け…と、普通ならあきらめてしまいがち。しかし、世の中、グローバル化で海外なんて近い近い。感受性豊かな子に育ってもらいたいからこそ、多様性に満ちた世界を見せてやりたいと願うのが親心。


    でも最大の難関となる機内での過ごし方を考るだけで、もうドキドキハラハラ。親とすれば泣いたら…、じっとできずに騒いだら…、と心配は尽きない。一番苦労しそうなのがイヤイヤ期の頃。思わずインターネットで「飛行機 子供 過ごし方」なんてググってしまう気持ちも理解できる。

     

    というわけで、1歳半になってイヤイヤ期の始まった娘を連れて海外旅行へ行ってきました。昨年連れて行ったシンガポールから今年はトランジットしてマレーシアまで飛びました。1年前は、生後6ヵ月でミルクを飲ませて寝かしておけばよかったのが、1歳半にもなると歩くし、しゃべるし、よく食べるので必要以上に手がかかります。
     

     
    バシネット取付は最前列のみ   事前に予約していた「バシネット」装着

     

    どんなに準備して対策を練っても、ぐずってしまうのが子供。行きは日中のフライトだったので、搭乗前に空港のキッズスペースでたっぷり遊ばせ、うまく機中で寝るように時間調整出来たので大成功。しかも普段触らせていないスマホやタブレットで知育ゲームや音楽を楽しませたり、シールなどで遊べる絵本や新しいぬり絵などで気を引いたり…。または普段与えないおやつやドリンクでご機嫌取り。飛行が安定している時間帯であれば、席を離れて少し歩かせて気分転換をさせるのも効果的。おかげで目的地まで良い子に過ごしてくれました。


    逆に帰りのフライトは夜間だったので、子供がぐっすり眠ってくれていたというメリットもあったけど、万が一にも静まり返った機内で泣きはじめたら、さぁ大変と、親としてはちょっと冷や汗もののデメリットも。特にシンガポールでトランジットした為、せっかく寝ているのに起こさなくてはならないのもちょっとリスクが高かった。

     

     
    宿泊先「リッツカールトン・クアラルンプール」   王宮の「イスタナネガラ」 

     

     

    さて、肝心の旅行の方は、異なる民族がともに暮らし、独特の文化を形成するマレーシアの首都KL(クアラルンプール)の王道スポットを巡りながら民族や歴史、文化の融合を体感してきました。人もモノもとにかく情熱的で、新しさと懐かしさが交わる大都市でありながら、人情味を感じるローカルな側面を併せ持つ多国籍国家ならではの魅力は唯一無二。歴史ある寺院や風情豊かな街並みが残る一方で、近未来都市として進化を続けるビッグシティの新旧の魅力を探す旅となりました。


    子供と一緒の海外旅行。親ならつい神経質になってしまうけど、心配ご無用。機内ではいつもよりちょっと、周りに配慮することを心がければ大丈夫!席に着いたら、まずは周囲の人に「お騒がせしたらすみません」とひと声挨拶をしておくだけでもずいぶん周りの対応も違います。また、もし子供が迷惑をかけるようなことをしてしまったら、一言「すみませんでした」とお詫びの気持ちを伝えましょう。あとは両親がリラックスしていれば、きっと子供も安心して過ごせるはずです。

     

    小さな子供とママとパパ、みんなが笑顔でフライトを楽しめるようにするために大切なのは、とにかく両親がリラックスすることです。親がストレスを抱え、不安いっぱいだと子供も不安になって泣いたり、騒いだりするものです。何があっても、ここは腹を決めてニコニコ笑って過ごしましょう。なぜなら周囲の人達も客室乗務員の方々も、子供が一緒にフライトを楽しんでくれることを願っているのですから。

     

       

    「ペトロナスツインタワー」

      国立モスク「マスジッドネガラ」